セイキンvs火星人

セイキンは考えた。そして悟った。「金玉に勝る牛肉無し」と。それからセイキンは折に触れて焼肉屋に赴くようになった。「金玉を1つ」顔馴染みの店員にいつも通りの注文をする。ところがその日は既に金玉が売り切れてしまっていた。怒りに震える拳を抑えつつ微笑みながら「こんにちは、セイキンTVの、セイキンです」と挨拶すると、セイキンは自らの金玉を引きちぎって網の上、ハラミの隣にそれを載せた。右手にはトングを、ジクジクと金玉が炭火で焦がされる音に耳を攲てるその表情は、ヒカキンの最期を看取った時にも似ている。「皆さん、こんにちは、セイキンTVの、セイキンです」金玉を焼きながらも挨拶を欠かさないのはYouTuberの性である。頃合を見計らって金玉をひっくり返すと、大きな火柱が立った。それを見て「カメラ!カメラカメラ!撮れ高!火はバズる!」と唾を飛ばしながらiPhoneを取り出し、いつも通り動画を撮影しはじめた。「皆さんこんにちは、セイキンTVのセイキンです」「いま焼肉屋で金玉を焼いてるんですけど、ひっくり返したら火がブワって、ブワってなったんですよ」「いやーそれを皆さんにもお見せしたかったんですけどね、もう火は鎮まっちゃいましたね」「残念、ということで、また次の動画でお会いしましょう、スィーユーネクストタイム」満足気に録画停止ボタンを押すと「お会計で」と店員に伝え、85カラットのダイヤモンドを置いて「お釣りはいりませんよ、セイキンです」と言いながら店を出た。明くる日、セイキンは耐え難い激痛で目覚めた。股間に目をやると、血にまみれた金玉袋が破れて金玉が1つなくなっているのに気付いた。思い当たる節は1つだけ、ヒカキンによる復讐だ。セイキンはヒカキンが死んだあと、本人にバレなければ問題なしと踏んで"みそきん"を高額で転売したのだ。それがヒカキンに勘づかれ、あの世から金玉を1つ奪いに来たのだと、そう思った。痛みと情けなさに涙を流しながら弟の遺影に向け謝り続け、"みそきん"転売で儲けた38万円を全て燃やしてしまおうと考えた。そうして札束にライターを近づけた次の瞬間、火を見たセイキンは焼肉屋での記憶を取り戻した。金玉が無いのは全て自分でやったことだ、ヒカキンは関係ないことだ、と。しかし札束は勢いよく燃え盛り、間もなく全て灰と化してしまった。必要のない懺悔をしてしまった後悔、汗水流して稼いだ38万円が一瞬にして無に帰した喪失感、ヒカキンに対する、そして何よりセイキン自身に対する怒り、さまざまな感情がない交ぜになった彼には、もはや股間の痛み以外に確かなことは何も無かった。そのあとロケット作って火星行って火星人と戦ったらしい。それで死んだらしい。

『セイキンvs火星人』終